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カナダで戦う日本人!

僕がカナダで成功するために日本人としてその特徴を生かし戦っている様子これからやっていく様子をドキュメント感覚でお伝えしていきます。

【人間関係に悩んでいる方へ】 誰とでもいい関係を作れるコミュニケーション術 本音を貫く

日本に来て家族と一緒に過ごしてみて、やっぱり家族っていいなと思いました。これからより良い関係を築いていくためにどうやって接していったらいいのかをじっくり考えてみました。

 

本当に大切な人に対して本音で接していますか?本音と言っても自己中心的な考えや意見をただやみくもにいう事ではありません。

 

僕が言いたいことは愛、思いやりをもって接するという事です。

 

家族や友人などあなたにとって大切な人とほんの些細な事の積み重ねで上手くいかない事ってありませんか?本当は大切に思ってる人でも何かのきっかけで勘違いをし, 悪循環に陥る事ってあると思います。

 

そういう時って案外コミュニケーションがとれてなかったりするんですよね。

 

 

今回は本音を言い合える関係づくり、信頼関係を築くといった事に焦点を当ててみようと思います。

 

その人を受け入れましょう

人それぞれ育った環境も違えば、常識の感覚、物事のとらえ方、何をとっても自分と同じことなんて無いと思った方が無難です。

 

自分と違う意見を持ち、違う価値観を持っていることを受け入れちゃいましょう。それをすると相手をリスペクト出来るようになりますし、自分にとって良いものを盗む事も容易になってきます。

 

相手との距離も縮まり、自分にもプラスになります。そんないい事ってなかなかないですよね。

 

まずその人のいい所も悪い所もすべて受け入れちゃいましょう。

 

 

 

 

話を聞きましょう

これから信頼関係を気付こうとしてる人です。話を聞いてたくさんの情報を集めましょう。

 

何が好きだとか嫌いだとか、全く関係ない事のように思いますがとても重要な事だと思います。

 

その人が気持ちよく話を出来るようにまずはしっかり聞いてあげましょう。自分自信にも言える事ですが、相手が興味を持ってくれると気分が良くなりいろいろな事を話してしまうものです。たくさん質問することでいろんな情報が聞き出せます。

 

気を付けてほしいのは質問の内容ですね、いきなり深い所をつけば相手は警戒して心を開いてくれないかもしれません。少しづつ聞いていく事がいいと思いますが、やはり自分がその人の事に興味を持たなくては駄目ですね。それが前提にあればどうしていったら良いのかはわかってくると思います。

 

信頼関係が出来たと思う瞬間

その時々で違いますが一つの目安になるのは相手が自分に何か質問をし始めるときです。自分に興味を持ってくれたんだなと感じた時ある程度の信頼関係が出来たんではないかなと思います。

 

ただ、それを崩すのはとても簡単です。出来たと思って気を抜いていると何かの拍子に崩れる事もあります。やはり常に相手の事を思いやる気持ちをもって接することが必要だと思います。

 

相手に伝えてみましょう

そこまで来て初めて自分の意見などを伝えてみましょう。それを受け入れてくれる基盤は出来てると思います。

 

少しづつ言った方がいいと思いますが、僕の場合まだ未熟なところが多くつい言いすぎてしまいます。せっかくできかけた信頼関係を壊す恐れもあります。言い過ぎには注意しましょう。(と自分に言い聞かせます)

 

 

最後に 【いった事はやりきる事】

 

凄く大変な事だと思います。誰かに行ったことを自分がやらなかったりやれなかったら駄目ですよね?

 

でも、あまり難しく考えないでください。こうすればいいんです。

出来ない事を出来ると言わない事、自分のハードルを思いっきり下げたらいいんです。出来る事をしっかりやって、出来ない事は出来ないとはっきり伝える事。

 

自分を大きく見せようとすればするほどいい方向には向かいません。逆に自分の弱い所を見せれば人って助けてあげようという気持ちになってくるんですよ。

 

そうやって助け合っていく事を自分の方から投げかけてやる事。それが案外らくにいい人間関係が築いていけるコツなんじゃないかと感じています。

 

自分が出来る事を周りに見せたいと思う気持ちはだれでも持ってると思うし、気持ちは凄くわかります。でも、そういう事って案外どうでもいい事なんですよね。そう伝えようとしている相手も同じような事を考えてますから。

 

それなら逆にその人に助けてもらうように考えたらいいんじゃないかと思うようになりました。

 

何か参考になれば幸いです。

 

 

【カナダで戦うために】 僕のチーム紹介 こんな4人で仕事をしています。

ここまでなんとなく僕のカナダでの生い立ちを書いてきましたが、今実際にこっちのフィールドでやれることに至ったことがなんとなく解って頂けたでしょうか?

 

canada-de-tatakaunihonnjin.hatenablog.com

 

 

今回は僕がこっちで勝負をするのに意識している事、

 

僕は、こっちに来ていろんな国の人に出会い、話をしてきましたが日本人ほど真面目で誠実な人はいません。みんなそれぞれ性格は違いますがその国の特徴を持っていると思います。

 

僕は日本人としてその真面目さ、誠実さを磨いていけば必ず世界で対等にやっていけると確信しています。ただ今棟梁としてやり始めましたがその方法で接しているからか取引先の会社の人たち全員と凄くいい関係が築けています。技術的にいったらまだまだですし、まだまだ磨くところは山ほどありますが、今できる事を一生懸命やってる事で信頼も少しずつ得られてるんじゃないのかという実感もあります。

会社の事情もあり、なかなか決まったメンバーで仕事が出来ないところもありますが、今の僕のチームを紹介したいと思います。

 

お調子者トラビス

出会いはもう2年前くらいです。ちょうど同じ時期に始めました。また紹介しますが、今の会社のトップであるアントンの元一緒に働いていました。

 

年齢は25歳、典型的なカナディアンの若者で少し自信過剰なところもありますが逆に使いやすい子の一人です。

 

頭の回転もよくまだまだ甘い所もたくさんありますが、信頼をしています。

 

僕に対してもいろいろ突っ込んでくるしいい感じで今の環境に柔らかさを与えてくれてます。

 

最近の若者、DJ/ドラマーのアダム

まだ一緒に働き始めて1か月くらい。だいぶ性格もつかんできました。

 

22歳でまだ経験も少ないんですが、こちらも典型的なカナディアン、どこから湧いてきたのかという自信に満ち溢れていました。

 

そこをどう崩さずにスタート地点に立たせて上げれるかが僕の課題でしたが、何とか伝わったんじゃないかなという手ごたえはあります。

 

「まだ自分は出来ないんだ。この人から出来るだけ学ぼう」

 

こう思わせるところからのスタートです。

 

人それぞれみんなアプローチの仕方が違います。ホントに!誰一人として同じ方法ではだめです。

 

そこが面白い所でもあるんですが…

 

という事で、まずは意識の所から何とか伝えれたかなという段階です。まだ若いしこれからとても楽しみな子アダム。しばらく一緒に仕事が出来るといいなと思っています。

 

ワーホリのS君

全くの未経験者。3か月ほど前に僕が見つけてきました。日本人の子とカナダで働くことは初めてで僕にとって凄く貴重な経験をS君と一緒にしています。

 

日本人なので何となく解るかなと思ってやってましたがとんでもないですね。逆に凄く難しいです。

 

やっぱりカナディアンと基本的な考えがまったく違います。今までにないパターンで僕もいろいろ悩んでいますが、真正面から真剣にぶつかる事を決めてから少しずついい感じになってきてるのかなと感じています。

 

最後に

仕事を進めていくには、人間関係が何より重要な事だという事を心から感じます。技術、スピードなど求められるものもあると思いますが僕が一番フォーカスをしているところ人間関係。

 

信頼関係が成り立てばうまく事が運べるようになってきます。実際ジェネラルコントラクターの人たちといい信頼関係が築けており、僕の事を凄くよく聞いてくれるようになりました。

 

という事でこの4人で進めていく仕事。最初の写真は一番新しい仕事です。ホームオーナーの人と話をして僕のセミカスタムです。なかなかいい感じにできたんじゃないかなと思いますがどうでしょうか?

 

ちなみにコンクリートを入れる業者は違います。カナダにはあまり良いコンクリート職人がいません。出来るだけいい仕事をしてもらえるようにこちらも人間関係をしっかりするようにやってますが、まだまだですね。

 

次回は仕事をもらってるParamaxhomeという会社の人の話をしたいと思います。

 

お楽しみに!!

 

 

canada-de-tatakaunihonnjin.hatenablog.com

 

【僕の生い立ち】 バンクーバー編

 最後に僕が今現在住んでいるバンクーバーの事を書きます。バンクーバーといっても市内には住んでいないんですが、わかりやすくバンクーバーと言っておきます。

canada-de-tatakaunihonnjin.hatenablog.com

 

 

昔、親父に荷物を送ってもらった時、親父は僕がバンクーバーにいると信じており教えていた住所の後にバンクーバーとついていました。ちゃんと荷物は届きましたが、ちょっと笑っちゃいました。

Vancouver ..

City of Vancouver

よくバンクーバーはカナダで一番大きいと思っている人がいますが、経済的には3番目くらいです。人口に限っては周りの街を含めれば結構大きいのですが、バンクーバーのみでは確か8番目くらいです。アジアに一番近いので日本人にとっては最も身近な街だと思いますが…

 

山も海もあり、とてもきれいな街です。雪があまり降らないのもカナダでは珍しく、ずっと寒い所にいた僕はあまりカナダという気がしません。

 

2014 - Vancouver - CBD Sunrise

Vancouver canucksの本拠地。NHLのチームです。

 

住みやすさ

経済的に住みにくい街、香港、シドニーに次いで世界でワースト3です。住宅バブルが続き、固定資産の値段が破格の値段になっています。1億円あっても普通の家はバンクーバーでは買えません。

 

バンクーバーはたぶんここまで成長をすると考えてなかったのでしょう。何処へ行っても渋滞、バンクーバー市内にはよっぽどの用事がないかぎり行きたくありません。電車も通ってますが日本の公共交通機関を知ってる僕にとってはほとんどジョークと言っていいと思います。

 

44 / traffic jam

と、良くない事から先に書きましたがそんなことはありません。

 

街と自然とが一緒になったとても綺麗な街です。

 

日本の食べ物など少し値段は張りますが何でも手に入ります。日本へも近いし寒くないし僕はとても住みやすい所だと思います。

Spectacular Vancouver

 

海外に住みたいけど英語に自信がないという人も英語無しで住めます。逆に英語を勉強したい人にはあまり良くないかも…

 

カナダで戦う日本人

そんな街バンクーバーの高級住宅街ウエストバンクーバーで大工として働き始めて5年目になります。

 

いい会社に巡り合い、今棟梁としてカナディアンの若い子たちとワーホリの日本人の子一人を引き連れて頑張っています。

 

そんな体験やカナダ人の特徴、日本との違い、仕事の事、その他何か面白い事があればそんな事をブログに書いていこうと思いました。

 

日本人としてそのいい所を前面に出し、ここカナダでどこまで通用するのか!?

 

先ほど入れたコンクリートの様子です。

 

 

canada-de-tatakaunihonnjin.hatenablog.com

 

【僕の生い立ち】 プリンスジョージ 後編

 僕のカナダでの生活を綴っています。一番最初の記事です。最初から読んでいただけるともう少しわかりやすいと思います。是非どうぞ。

canada-de-tatakaunihonnjin.hatenablog.com

 

今回は僕にとってとても大きな変化、プリンスジョージでの大きな出会いの事を少し書いてみます。

 

今の僕の考えの原点はここにあるのかなと今振り返るとそう思います。

 

beautiful Prince George, BC

音楽の再開

僕のほかのブログも見ていただけてる方はご存知と思いますが、ギターを少し弾きます。13歳からずっとやっていたギターをカナダに引っ越してきてからはあまりやっていませんでした。

 

カナダの生活(特に言葉)を何とかすることに必死でたぶん音楽をやる時間はなかったんですね。

39 Prince George BC

 

このころから少し余裕が出てきたのか、音楽を再開することになります。地元のミュージシャンの友達も結構でき楽しんで音楽をやる事ができました。

 

今のスタイルの基盤になる音楽との出会いもこの時でした。

 

出会い

 この時、カナダに来て初めての日本人の友達が出来ます。この出会いが今の僕の基本を作っているのかなと思います。そんな意味で凄く大きな出来事。

 

ここまでカナダ生活7年ほどほとんど日本人と関わることなく生活してきました。この出会いを機に僕の中に日本の素晴らしい所を見る目が備わってきました。

 

Ancient Forest, Prince George BC

 やっぱり日本人、考え方も近いし普通に日本語が通じるというのがあの時凄く嬉しく思いました。皆さんカナダ生活も長いのでお互いに理解できるという事も凄く大きかった。

 

バンクーバーにいるためあまり会う機会はありませんが、お互い連絡を取り合っています。これからもずっと続くんではないかと思っています。

 

次回バンクーバーの事を少し伝え、本題に入っていこうと思っています。

 

このブログでは僕が大工としてカナダでカナダ人のフィールドでやっている模様を面白おかしく、なおかつこれから海外で挑戦したいと思ってる方に少しでも何かいい情報をお送りできる事をテーマに書いていこうと思ってます。

 

どうなるかわかりませんが是非読んでみてください。

beautiful Prince George, BC

 

 

写真はFlickrからの引用なのですが、実際のプリンスジョージの写真です。少し懐かしく思いました。

41 Prince George BC

 

【僕の生い立ち】 プリンスジョージ 前編

エドモントンを後にプリンスジョージという人口8万人程の小さな町に奥さんとともに引っ越します。エドモントンから車で9時間、夜中に出発し朝方つくというまあまあハードな引っ越しをしました。理由は引っ越しを手伝ってくれた方が(彼女のお兄さんが)次の日とんぼ返りで帰らなければいけなかったからです。ほとんど一睡もしないで帰っていきました。

 

canada-de-tatakaunihonnjin.hatenablog.com

 

Cash Lake Autumn Scene 2016

 

なぜプリンスジョージなのか?

 

よく聞かれます。バンクーバーのあるブリティッシュコロンビア州の北の町、大学がありますが他には自然以外何もない小さな町。みんななぜわざわざそこにと興味を持たれます。

 

理由は特別な事はないんですが、僕は大工になるための学校を探してました。そして彼女がフォーレストリー(林業)の学校を探してました。たまたま両方がそこにあったので行った。ただそれだけです。

 

アプレンティスシップ(Apprenticesship)

大工で学校?と思われた方。カナダではアプレンティスシップというプログラムがあり、主に職人を育てる学校でその種類によって異なりますが4年間働きながら学校に行くというシステムです。


UNBC

 

仕事は自分で見つけるのですが、大工の場合はまず6週間学校に行き、その後一年間仕事をするという事を4年間繰り返し、最後のテストに合格すると一人前になった(Red seal)という証明書がもらえます。

 

何処の国でも専門職は人が少なくガバメントからのサポートもたくさんあるし仕事もたくさんあります。

 

大学とは違うので入るための英語力もそんなにいるわけではなくいいプログラムだと思います。ちなみに入る前に高校3年の英語と数学のテストをやりましたが、英語のテストは全く理解できず4択なので全部適当に書きましたが普通に学校には入れました。

 

最初の仕事

その当時プリンスジョージの経済は⤵気味でなかなか仕事が見つからなく、しばらくの間スターバックスで働いてましたが、学校が終わって2,3か月後やっと初めての大工の仕事に就きます。

 

一般住宅のフレーミングです。仕上げの仕事も少しやりましたが、その会社で4件ほど建てました。

Framed!

 

その後そこのボスが学校の先生となりその人の紹介で違う会社で働くことになります。

 

第二の職場

酒好きのボス、ケン、ちょい悪おやじのネイティブアメリカン、ハワードと気の合うドイツ人ベテラン大工のデレックと僕の4人で働きました。5人目もいましたがあまり続かず基本この4人に一人プラスしたりという感じでした。

 

その後3年ほどこの会社で働きました。20件ほど一般住宅を建てたと思います。今の僕の大工としての基礎はここでハワードとデレックに教えてもらいました。ここでアプレンティスシップも終えました。

 

Vancouver

その後いろんなことが起こりますが、今住んでいるバンクーバーに引っ越すことになります。

 

次回はプリンスジョ―ジ 後編です。仕事の事とは違うもう一つの僕の人生を大きく変える出来事です。

 

お楽しみに!!

 

 

canada-de-tatakaunihonnjin.hatenablog.com

 

 

 

 

 

【僕の生い立ち】 2つ目の街エドモントン

サスカトゥーンにて移民申請を終了し、奥さんとともに新しい生活をする為に今まで彼女も住んだことのないアルバータ州のキャピタルシティー、エドモントンへ移り住みます。

 

canada-de-tatakaunihonnjin.hatenablog.com

 

 

Edmonton Dawn

この時期は前にも後にも最もお金のない時期で、お金節約のため彼女の弟と一緒に住むなどぎりぎりの生活をせざるを得ない状況でした。そんな事もあり未だにエドモンドンは好きになれません。あまりいい思い出がないんです。

 

LINC

Language Instruction for Newcomers to Canada の略で政府が新しく移民をしてきた人に無料で提供している英語の学校に行くことがエドモントンでの最大の目的でした。

 

6か月間通いましたが、そこではとても貴重な経験をさせてもらいました。

 

カナダに移民をする人の多くは中東、中国の人です。特にアルバータ州アフガニスタンパキスタンイラクなどの人が多く、クラスのほとんどの人はそっちの方からでした。もちろん中国人も多かったですが…

 

いろんな報道などで中東の方の人へのイメージは作られていますが全くそんなことはなくとてもいい人ばかりでした。宗教上頭を隠したりしていますが、あの人たちにとっては当たり前の常識であって、その事についてとやかく言うこと自体ナンセンスなんだとその時痛感しました。

 

僕のクラスは比較的英語の出来る方のクラスだったので、いろいろな価値観など聞けることが出来とてもいい時間を過ごせたと思ってます。

 

中でもアフガニスタンから来ていた女の子が凄く興味深かった。その子のお父さんはアフガニスタンでの反勢力の重要人物だったらしく暗殺されたのですが、家族も残しておくと何が起こるのかわからないため、一番上のお兄さんから順番に暗殺のリストに入っていたらしくそのほとんどは既に亡くなってると言ってました。その子は兄弟の中でも下の方でしかも女の子だったためカナダに亡命してこれたと言っていました。

 

やはりカナダに来ている人たちは裕福層が多く、ここでもやはりそっちの方の人たちがいい様に出来ているんだなと思いました。

 

エドモントンでの仕事

アルバータ州はオイルがとれ、その当時とても潤っていました。その反面レストランやお店など人手が足りずどこへ行っても人を探している状況でした。

 

履歴書も何も持たず、店の中に入っていき仕事をさせてくれといえば面接も何もなしでその瞬間から仕事が出来るという状況でした。今考えるとかなり異様な感じです。でもそれくらい人手が足りなかったんです。店に行ってもものを棚に入れる人がいないため棚に商品が並んでいない事もよくありました。

 

僕はそんな状況の中3つほど違う仕事をしましたが最終的にWINNERSというブランド品を安く売っている店で働きました。理由は場所が近かったことと、時給がほかの2つよりも少し良かったという事です。時給は確か$12、人がやはり少なく凄く忙しく店は毎日というほどてんてこまいになっていました。客は物をぐちゃぐちゃにするしそれを片付ける従業員はいないんです。想像できるでしょうか?

 

そこにくるお客さんのマナーは最悪です。日本では考えられません。マネージャーも完全にあきらめていました。よくあんな状態で経営できていたとつくづく思いますが、バブルの真っただ中で何をやっても成功するといった時期だったのでやれていたんだなと思います。

 

と、少し長くなりましたが9か月に及んだエドモントンでの生活はこんな感じです。この後Prince George という人口約8万人の田舎町に住居を移すこととなります。

 

ここでは僕の人生を大きく動かすことが次々と起こります。次回その前半をお伝えしたいと思います。

 

お楽しみに!!

 

 

canada-de-tatakaunihonnjin.hatenablog.com

 

【僕の生い立ち】 サスカトゥーン編

そんなこんなでサスカトゥーンには4年ほど住んでいました。

 

canada-de-tatakaunihonnjin.hatenablog.com

 

 

【余談ですが、サスカトゥーンにいる間何度も素晴らしいオーロラを見ました。平野なのでどこまでも空が見えるためオーロラを探しやすいんです。街から20分ほど車で走れば街灯もない真っ暗な場所に行くのでオーロラも見やすいんです。

Northern Lights, Norway


 

8月末から10月の初めまでが僕の経験から一番オーロラを見やすい時期だと思います。イエローナイフなどオーロラツアーがありますが、サスカトゥーンでオーロラなんてのもいいかもしれません。ちなみに英語ではあまりAuroraとは言わず、Northern Lightsという方が一般的です。】

 

サスカトゥーンでその当時日本にいた時から付き合っていた彼女と結婚をします。彼女の義理のお兄さんEdが倉庫の管理の仕事をやっていて、その彼に仕事を与えてもらいカナダでの初めての仕事に就くわけですが、外国人と全く面識を持たない奴らとの仕事で凄くつらい経験をしました。彼らなりにいろいろとやってくれたんだと思いますが、全く何を言ってるのかわからず何度も泣きそうになりながらやってました。

 

University Bridge in Saskatoon

話は飛びますが、今の仕事、大工になるきっかけもこの時にありました。僕のボスEdが家を購入します。購入時リノベーションをするのですが、そこで職人さんとEd Familyとのやり取りを見ていて僕もこういう仕事をしたいなと思いました。


Tools of the Trade


まだしばらく実現には至りませんが、ここから僕の気持ちは大工になろうという方に向き、それに向かって少しづつ動いていってたと思います。

 

ジャパニーズレストラン与平

僕のサスカトゥーンでの生活に欠かせない存在。バイトもさせていただいた唯一の日本人経営のジャパレスです。

 

唯一といっていいほどの日本人の知り合いで、けんさんまちこさんにはとてもお世話になりました。5人家族で、男二人、女の子1人の家族。子供はカナダで生まれておりみんな日本語も喋りますが英語の方が得意でした。(当たり前ですが)

 

けんさんまちこさんはカナダに長く住んでおられ、凄く興味深い話をたくさんしてもらいました。サスカトゥーンを出た後あまり連絡を取っていませんが、何かの機会にまたお会いしてお話をしたいなと思っています。

 

たまにFacebookで見ますが二人とも楽しそうな老後を送っているようでこれからも元気に楽しんで行って頂きたいと思います。

 

と簡単ですがジャパレス与平の日本人家族のお話、

 

さて、次回は僕のカナダでの2つ目の街についてのお話です。

 

ちょっとした豆知識

カナダ移民考えてる方、バンクーバートロントなど大都市は移民の人数も多いしいろいろと規制などもあって移民がしにくくなっています。サスカトゥーンは移民の人数が少なく楽に移民を出来る事もありわざわざ移民をする為にこっちに移り住むひともいます。

 

英語を勉強するという意味でも、日本人の少ない土地に行くことはとてもプラス。これから海外移住など考えてる方こんなチョイスもありますよ。

 

 

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