カナダで戦う日本人!

僕がカナダで成功するために日本人としてその特徴を生かし戦っている様子これからやっていく様子をドキュメント感覚でお伝えしていきます。

【僕の生い立ち】 カナダ生活の第一歩

カナダに来て13年ぐらいたちました。今カナダでカナディアンに交じって同じフィールドでやれるところまで来ました。まだまだなのですがそこに至った経緯、僕のやってきたことなど、これから海外に進出しようと考えてる方に少しでもいい情報が遅れないかなと思い自分目線ではありますが書いていこうと思い立ちました。

 

自分が何を今楽しんでいるのか、どんな経験が僕のオリジナリティーがあるのか、自分が読者だとしたら何が面白いと思うのかなど毎日考えながらやっていますが、面白い事を思いついたので早速始めたいと思います。

 

 

まずは僕の生い立ち、カナダでの生活を簡単に説明します。

 

Masa Ichigoの事

僕は2004年24歳の時にカナダに移民しました。当時付き合っていたカナディアンの彼女と一緒にです。3年ほどすでに付き合っていたため英語はある程度出来ると思っていました。しかし、現実はそんなに甘くないですね。彼女は僕の英語力を把握しており、それに応じて話してくれていたので、カナダに来てほかの人と話をしても全く分かりませんでした。
 

カナダ生活

 
サスカトゥーンというそんなに大きくない内陸部の街が僕のカナダ生活の第一歩でした。広大な平野で地平線がはっきり見える今までに見た事のない景色に感動したことを覚えてます。そこに住んでいる人たちはその景色が見慣れてるせいか、山がある場所にあこがれている人もたくさんいましたが、僕にはそれがとても新鮮でした。
 

少しサスカトゥーンについて

 
日本人の人口ははっきりとしたことは良くわかりませんが、ほとんどいません。大学があるので学生は少しいるのかと思いますが、その当時5人ほどしか日本人は知りませんでした。
夏も冬もとっても乾燥していて、冬は約マイナス30度ほどになります。僕の体験ではマイナス42度、体感気温はマイナス55度というのが最高でした。その中当時仕事をしていた倉庫で仕事をしましたが、ドラックは勿論つかず、ヒーターもあまり効かない状態で悲惨な状態だったのを覚えてます。
 
人柄はとてもよく、結構な田舎なので日本人も中国人もみんな一緒で所みたいな人も中にはいましたが、日本の他人をあまり干渉しない所からの変化だったので戸惑いもありましたが心地よさを感じました。
 
と、少し話はそれましたが、これが僕のカナダ生活の第一歩です。この後日本語をほぼ使わない生活が4年ほど続くことになります。泣きそうになりながら、まず言葉をどうにかして「こいつらと同じフィールドに立つぞ!」と自分にに言い聞かせながら必死になってやっていたのを思い出します。
 
今考えればここが今の僕を作るスタート地点だったのかなと思い懐かしく思います。
 
 
と、本題に入るまでしばらくの間僕の生い立ちを書いてみようと思ってます。