読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

カナダで戦う日本人!

僕がカナダで成功するために日本人としてその特徴を生かし戦っている様子これからやっていく様子をドキュメント感覚でお伝えしていきます。

【僕の生い立ち】 2つ目の街エドモントン

生い立ち

サスカトゥーンにて移民申請を終了し、奥さんとともに新しい生活をする為に今まで彼女も住んだことのないアルバータ州のキャピタルシティー、エドモントンへ移り住みます。

 

canada-de-tatakaunihonnjin.hatenablog.com

 

 

Edmonton Dawn

この時期は前にも後にも最もお金のない時期で、お金節約のため彼女の弟と一緒に住むなどぎりぎりの生活をせざるを得ない状況でした。そんな事もあり未だにエドモンドンは好きになれません。あまりいい思い出がないんです。

 

LINC

Language Instruction for Newcomers to Canada の略で政府が新しく移民をしてきた人に無料で提供している英語の学校に行くことがエドモントンでの最大の目的でした。

 

6か月間通いましたが、そこではとても貴重な経験をさせてもらいました。

 

カナダに移民をする人の多くは中東、中国の人です。特にアルバータ州アフガニスタンパキスタンイラクなどの人が多く、クラスのほとんどの人はそっちの方からでした。もちろん中国人も多かったですが…

 

いろんな報道などで中東の方の人へのイメージは作られていますが全くそんなことはなくとてもいい人ばかりでした。宗教上頭を隠したりしていますが、あの人たちにとっては当たり前の常識であって、その事についてとやかく言うこと自体ナンセンスなんだとその時痛感しました。

 

僕のクラスは比較的英語の出来る方のクラスだったので、いろいろな価値観など聞けることが出来とてもいい時間を過ごせたと思ってます。

 

中でもアフガニスタンから来ていた女の子が凄く興味深かった。その子のお父さんはアフガニスタンでの反勢力の重要人物だったらしく暗殺されたのですが、家族も残しておくと何が起こるのかわからないため、一番上のお兄さんから順番に暗殺のリストに入っていたらしくそのほとんどは既に亡くなってると言ってました。その子は兄弟の中でも下の方でしかも女の子だったためカナダに亡命してこれたと言っていました。

 

やはりカナダに来ている人たちは裕福層が多く、ここでもやはりそっちの方の人たちがいい様に出来ているんだなと思いました。

 

エドモントンでの仕事

アルバータ州はオイルがとれ、その当時とても潤っていました。その反面レストランやお店など人手が足りずどこへ行っても人を探している状況でした。

 

履歴書も何も持たず、店の中に入っていき仕事をさせてくれといえば面接も何もなしでその瞬間から仕事が出来るという状況でした。今考えるとかなり異様な感じです。でもそれくらい人手が足りなかったんです。店に行ってもものを棚に入れる人がいないため棚に商品が並んでいない事もよくありました。

 

僕はそんな状況の中3つほど違う仕事をしましたが最終的にWINNERSというブランド品を安く売っている店で働きました。理由は場所が近かったことと、時給がほかの2つよりも少し良かったという事です。時給は確か$12、人がやはり少なく凄く忙しく店は毎日というほどてんてこまいになっていました。客は物をぐちゃぐちゃにするしそれを片付ける従業員はいないんです。想像できるでしょうか?

 

そこにくるお客さんのマナーは最悪です。日本では考えられません。マネージャーも完全にあきらめていました。よくあんな状態で経営できていたとつくづく思いますが、バブルの真っただ中で何をやっても成功するといった時期だったのでやれていたんだなと思います。

 

と、少し長くなりましたが9か月に及んだエドモントンでの生活はこんな感じです。この後Prince George という人口約8万人の田舎町に住居を移すこととなります。

 

ここでは僕の人生を大きく動かすことが次々と起こります。次回その前半をお伝えしたいと思います。

 

お楽しみに!!

 

 

canada-de-tatakaunihonnjin.hatenablog.com